全般的にネタバレを含むので注意

全般的な比較

ストーリーと関係ない、全般的な比較はシステムを参照。

よびちしき

  • TwinScreen・・・通称TS。上下の画面を備え、電子メール機能、P2Pゲームダウンロード機能も備える高性能携帯ゲーム。「ナナシノゲエム」「ナナシノゲエム目」で登場。
  • n.OS7・・・iPhoneおよびAndroidなどのスマートフォンで動作するモバイル端末向けOS。タッチパネル対応で、ソフトウェアは「アプリ」と呼ばれるアイコン単位で管理される。「ナナシノ或プリ」から登場。

デバイスの変更について

今回、媒介となるデバイスがTSからiPhoneおよびスマートフォンになったことにより、前作までは顕著であった現実パートとゲエムパート、そしてゲエム内ゲエムのパートの区別がつきにくくなった。かんたんに対応をつけると、下記のようになるだろう。

現実パート->n.OS7の動くスマートフォン

一件TSの起動画面と同程度のものと考えがちだが、カメラを用いて現実にアクセスできたり、外部に電話がかけられたり、ネットにつないでTwtterに接続できたりするあたり、より現実パートに近いと考えられる。メールに関しては、前回のTSがインターネットメールの機能を持っていたことからすると、同等の機能といって差し支えないだろう。

ゲエムパート->n.OS7のアプリ

TSではカートリッジタイプとダウンロードタイプに両対応してゲエムが起動していたように見えるUIだったが、本作ではスマートフォン上のアプリとしてゲエムが存在する。現在も多くのコンシューマーゲーム機のアプリがスマートフォンアプリに移植されているが、今回のゲエムもユタソフトがコンシューマー用に作成したゲエムのノロイがスマートフォン用に意図せず「移植」されてしまったのかもしれない。ヴァルナの村をはじめとして、本作の主人公が動きまわるのは、スマホをもって歩きまわる現実世界ではなく、おもにゲエム世界になっていることは、幸か不幸か世界観に整合性をもたらしたり、ゲエムに対するいくつかの対抗策をもたらしたりする結果にもつながっている。

ゲエム内ゲエムの役割の変更

「ナナシノゲエム目」から登場した横スクロールタイプのゲエムが、今回も登場するが、その役割は非常に大きくなっている。前回は単なる障害物として眼の前を塞ぐだけのものだったが、今回は登場人物たちの後悔(ルグレ)を払うための重要な手段となっている。これは今回のゲエムの「ノロイ」が前作までのそれらとは異なっているからなのではという仮定を導き出す。また、その媒介も「目」ではカアトリッジという形をとり、本作では「鍵」という形をとっている。

「カアトリッジ」から「鍵」へ

下記のような出現の経緯の変化が考えられる。

「目」における目に見えないノロイ(ノゲエム)の具現化 = カアトリッジ
ノロイノゲエムにより乗り越えたい記憶の扉を開ける手段 = 鍵

またスマートフォンではカートリッジを差してソフトを交換するのではなく、内蔵のソフトウェアをアプリストアから購入し、そのコピーをライセンスキー(鍵)単位で管理することから、自然に形状も鍵の形になったのかもしれない。

TSの「ルグレ」とn.OS7の「ルグレ」の違い

TSの「ルグレ」は、生田あさひによって生み出され、現実にゲエムを生み出した人やゲエムを遊ぶ人を狙い、非常に致死性が高く、ときには対象をルグレ化したり現実世界を情報の結晶化により改変するほどの強いチカラを持っていた。それ以上の「存在」すら生み出す結果にもつながっている。しかし、n.OS7に登場するルグレは、それぞれのノロイを解こうとするものを執拗に狙うところは変わっていないが、致死性が低く、またゲエム内ゲエムをクリアすることによりその後悔を少しずつ和らげることすらできるようになっている。つまり、ゲエムを解くことでノロイを弱めるばかりか、浄化することにもつながっているのだ。

進化した「ノロイ」を「ゲエム」は浄化できるのか?

「ナナシノゲエム」の時系列上、目下の課題となっているのは「ナナシノゲエム目」において、生田あさひから生まれ、進化し、自我を持ち始めた「ノロイ」の存在である。このノロイは、現実世界でひどい悔悟の念を抱いた人物の心の隙間に入り込み、その隙間に住み着いてトラウマの情報をゲエムとして結晶化し、ネットワークを通じてばら撒く。「ナナシノゲエム目」の主人公がある選択をした場合、その情ゆえに結果的にノロイを生きながらえらせることとなった可能性がある。「ナナシノゲエム目」に登場した横スクロールタイプの「ゲエム」はそのノロイの存在とはあまり関係なく、主人公たちは生身でノロイの操る「ルグレ」と立ち回らざるを得ず、そこには常に即死またはルグレ化の恐怖がつきまとっていた。

しかし、本作では、半分まですすめたひとはお分かりの通り、ゲエム内ゲエムを解くことによりルグレの撃退もしくは浄化につながる結果をもたらしている。もしこの物語が前作よりもあとの時系列なのだとしたら、それは今虎視眈々とゲエムのプレイヤーたちを狙っているノロイそのものへの対抗策となりうるのではないだろうか―

しかし残念ながら、現在ではその希望は薄いと考えざるを得ない。それは、今回のゲエムの元となった後悔(ルグレ)が、誰の手によって生み出されたものなのかということにより、分別されるのではないかと推測する。

TSの「ノロイ」とn.OS7の「ノロイ」の違い

TSの「ノロイ」は、生田あさひの強い念が、呪い殺された対象に取り付き、使役し、結晶化することで様々な被害を現実にもたらしてきた。しかし、n.OS7の「ノロイ」は、スマートフォンの外にはそれほど大きな影響をもたらさない。せいぜい、写真を模したムービーを送りつけてたり、壁紙を変更したり、嫌がらせの電話をかけてくる程度のものである。もちろん、TwitBirdのつぶやきからは、いつもの「7日以内にクリアできないと死ぬ」「死因がゲーム内の死因と同じ」という特徴が見て取れるが、ノロイそのものが襲いかかってくる描写はないのである(連続殺人犯のくだりは、考察/ストーリー/その他の謎でまた別途考察する)。

nOS7のノロイは、プレイヤーたちの「ルグレ」に過ぎないという可能性

即死もせず、ルールを越えて襲いかかりもせず、ゲエム内ゲエムをクリアすると浄化される・・・なぜnOS7のゲエムはここまで弱体化しているのだろうか。その可能性として考えられるのは、このノロイがプレイヤー自身の「ルグレ」であり、他人を呪ったがゆえの「ルグレ」ではないからなのではないだろうか。

以下に具体的な例を上げてみる。

「ナナシノゲエム」のノロイ
ユタニ、ルイーズ、サワムラ、ナギラなどをルグレとして取り込み、すきあらば主人公を襲ってきた(ただし、リコを除き、オダカや大山のように二次的に取り込まれた存在は、ルグレ化してもかならずしもノロイにフルコントロールされない場合もあった)。総じて言えるのは、ルグレと化したのは、ノロイを受けた対象の死の後に生まれた存在だった。
「ナナシノゲエム目」のノロイ
新たな媒介としてアカネをルグレとして取り込み、駅員、ナース、ホテルの客などを使役して主人公を襲う。ケンタやナオキ、白アカネなどルグレ化してもフルコントロールされないケースは引き続き存在するが、アカネがセカイを呪ったからこそ、ゲエムを介してノロイが日常にばら撒かれ、それを受けた人がルグレとなった。すわなち、ノロイを受けて死んだ人が、そのままルグレになった。
「ナナシノ或プリ」のノロイ
ルグレの姿は、一定ではなく、何人もの姿が重なりあって見える。今回の登場人物たちの姿が重なりあってブレついているようにも見える。しかし、ルグレの原因となったものは何だっただろうか?たしかに、ハトリを襲ったのは、ゆりこであり、わかみやを襲ったのはやよいであり、ラモンを殺した後、主人公を追いかけたのはまさとである。しかし、こうたはしょうぞうを襲ったあとどうしたか?ともこ(もこ)ははるか(とみー)を襲ったか?ということを考えると、「nOS7」内で遭遇するノロイは、生田あさひによって誕生したノロイとは異なり、ノロイの発生源であるプレイヤーたち自身を何よりも最優先でターゲットにする。

その特性から考えると、今回のルグレは、強力なノロイの発信源によって使役された致死性の高いルグレではなく、nOS7のアプリ内に取り込まれたプレイヤーたちの「後悔の念」に過ぎないのではないだろうか。これも「ルグレ」であることには間違いないが、登場人物たちが辛いトラウマを乗り越えれば、それは解決可能な問題なのである。つまり、ゲエム内ゲエムこそが、その解決の過程(プロセス)であり、それを第三者たる「プレイヤー」がクリアしてやることにより、そのトラウマは解けるのである。

理解者たる「プレイヤー」の存在

今回Twitterによってノロイに感染してしまった「あなた」こと主人公のプレイヤーには、自分自身の記憶の扉が存在していない。即ち、唯一ルグレを持たない存在としてゲーム内に降臨する。もちろん、真のプレイヤーの心の中には様々なトラウマが存在するのかもしれないが、ゲーム内にはそれが反映されない幸せな仕様である。他のプレイヤーの持つトラウマと同じいかなるルグレもないプレイヤーは、第三者としてその心の闇を知り、共に乗り越えることで結果的にほかのプレイヤーたちがルグレを捨てて社会に復帰する手助けをしている。それは、単なるプレイヤーではなかった「イズミ」「ノマ」「ユタニ」に対しても同じである。

プレイヤーは「ゲエム内ゲエム」というひどく苦しい道をたどることになるが、長い時間がかかろうとも「いつか必ずクリアできる」「クリアできたあとには結果が出る」という意味では、現実の心的障害を乗り越える際のプロセスとも非常に似ているし、ノロイを遠ざけるための確実な手段になっているということは、このゲエムのみにおけるノロイとゲエムの関係においては朗報なのではないだろうか。

n.OS7の「ノロイ」を研究したホーキの「狙い」

今回冒頭と終盤にだけ登場し、一切の手助けもしないが、意味深なセリフを残していく「犬」は、間違いなく元「都大学の社会学部現代社会学科准教授」の大山法基その人であろう。彼は、自らをルグレ化する原因となったTSを通じたノロイを研究する傍ら、新たに発見されたn.OS7とTwitterを経由したノロイを観察しに、自らを「犬」というキャラクターに潜り込ませて「観察」してきているのではないかと考えられる。あるいは、「ゲーム機」と「スマートフォン」という異なる「領域」を横断するには、このほうが都合がよかったのかもしれない。

自分の興味のためにしか動かない彼は、おそらく今回の「ノロイ」の解決方法が、「ナナシノゲエム」の時間軸で南都大学の学生たちを苦しめ、教授たちを喜ばせている「ノロイ」の解決方法には繋がらないことを薄々わかっていて、ニヤニヤと今回の「うっかりもの」のプレイヤーを導くでもなく、助けるでもなくただウォッチしているのではないだろうか。もちろん、その結果については思慮深く考え、自分のロジックの材料としてストックする気は満々だろうが。