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ネタバレについて

下記考察は全編にわたりネタバレそのものなので閲覧注意です。今作だけではなく「ナナシノゲエム」「ナナシノゲエム目」に関するネタバレも含んでいるので、更に要注意。また同時に、あくまでいちプレイヤーによる考察であり、公式見解とは全く関係がないものであり、そして多数ある考察の一つに過ぎないということはご了解いただきたい。

本作における「ノロイ」の考察

「ナナシノ或プリ」内においても、そのノロイがさまざまなところに登場するルグレを生み出していることは間違いないが、一心に主人公に向かってくる反面、その目的には迷いを感じる。主人公に近づき、手痛くいたぶるが、何かを確かめるように、即死を避けている。発生源を元に、それらのノロイの性質について考えてみよう。

他のプレイヤーたちのノロイ(ルグレ

ハトリやハルカ、ろくたやラモンなど、主人公以外のプレイヤーのノロイ(ルグレ)は、ターゲットホーミング+無差別型である。まずは自らであるルグレを生み出した他のプレイヤーたちを襲い、そのあと主人公や、その記憶の扉においては第三者であるイズミに襲い掛かる。しかし、トラウマが解決されてしまえば、ほとんど追いかけれることはなくなる。例外的に、病院学校などで物語の本筋とは無関係に追いかけられるルグレがいるが、それらの施設で亡くなったその他の存在がプレイヤーたちの後悔の念に呼応したものであろう。彼らもまた、主人公たちを即死させるほどのチカラは持っていない。

ノマのノロイ

壮絶なネタバレになるが、今回の「ナナシノ或プリ」における「マスター・オブ・ノロイ」はノマのノロイである。とても悲しいいきさつではありながら、ある種の自業自得で死んだイズミたち兄妹と違い、巻き添えで伴侶を失ったノマのノロイは、まさしくこれまでの「ナナシノゲエム」でノロイを生んだプロセスに近しい悲愴なものがたりである。

しかし、物語の後半に近づくまで、彼はそのノロイの対象をはかりかねており、その正体を探るために、できるだけゲエムを円滑に進めようと場を仕切っている。ノマは「あるゲエムを遊んだ人」を共通項に、遊んだ時期を問わず怪しい人物を次々とゲエムの世界に呼び込んでいたのだろう(なお、他のプレイヤーたちは好んで「ゲエム」をするようなタイプには見えない人物ばかりだが、ツイッターという新たな情報の拡散手段により「リンクをクリックしてしまったTwitterユーザ」がノロイの発信元に「ゲエムのプレイヤー」として認知されてしまったのだろう)。

また、物語の後半に近づくにつれノロイのチカラは強まり主人公のライフの最大値は削られていくが、それはノマの呪うべき対象が徐々に狭められてきた結果かもしれない。事実、アトフツカの時点で、イズミか主人公のどちらかがその原因ではないかと、カマをかけはじめている。

しかし、悲しいことに、生田あさひと違い、ノマは十分すぎるほど大人だった。家族の不和や突然襲いかかった不幸を「ゲエムをあそぶ、すべてのひと」にまで一般化して強く呪うことのできた純真な少女の強い思いとは違い、ロジカルに原因を追求し、そして時間の経過や不幸な偶然への同情の念もあいまって、相手をユルシかけていたノマは、伴侶の魂の残滓(あるいはノマそのものの「良心」が産み出した「さとこ」)の存在とその呼びかけにより、自らを深くノロイの海に沈めることを、場合によっては選ぶことになる。

ミツキのノロイ

(本人にとっては)原因不明の火事によって事故死したミツキのノロイは、それほど深くはない。ただ、兄であるイズミが激しい悔悟の念に苛まれ、記憶を失うほどの心の傷を負っていることについては、「なんとかして守ってあげたい」というオモイから、ノマのノロイに介入して様々な手助けをする。イズミがほかのプレイヤーよりも常人離れしたパワーを持ったり、あるいは少女のチカラにより保護されたり蘇生したりするのは、彼らが双子である以上に、深い家族の愛情を感じるのである。もし、彼女が兄がしでかしたことを理解していたとしても、それを揺るがすものではないだろう。

ここで思い出して欲しいのは「ナナシノゲエム目」におけるヒロイン「マミノレン」もまた、弟を火事で亡くしていることである。レンは弟の代わりに主人公(男)を必死で守ろうとし、ときには自らをルグレ化してまで主人公を手助けしようとする。この異性の肉親への常識を越えた愛情発現は、最近のナナシシリーズの隠れたテーマなのかもしれない。

一方で、記憶の中ですら、ミツキを助けることは許されない。なぜなら、それは新たなノロイの原因となった別の人物の逆鱗に触れる行為だからである。ロジカルな人物こそ、いざというときにはその激しいノロイの炎を抑えることができないものなのかもしれない・・・。

ユタニのノロイ

物語を解き、他のプレイヤーたちを現実世界に脱出させ、イズミたちを成仏させても、「都合の悪いこと」に、プレイヤー自身である主人公はゲエムから開放されない。なぜなら、ユタニのノロイが残っているからだ。もちろんシュンの手助けにより、このノロイは無効化され、プレイヤーはいつでもゲエムをやめることができるが、ノロワレタままなのはかわりないのだ。それはホーキ(犬)も指摘するところである。もちろんシュンがいる限り、何の心配もする必要はないのだが・・・

n.OS7の「リブート」の謎

「ナノカ」を終えると、n.OS7はリブートする。これはなぜか。実はこのシステムフォーマット&リブートが、ノマがこれまでいなかった最も知的で周到なルグレであることを示唆するものとなっている。

アトナノカ

これまでの「アトナノカ」は現実世界の「あと7日」だった。しかし、今回の「アトナノカ」はノマが7人の犯人候補を一人ひとり絞っていくための日数と等しかった。プレイヤーたちが後悔(ルグレ)に殺されるにしろ、その後悔が濯(そそ)がれるにしろ、ノマは一人ひとりの後悔の原因に、自分の求める事件の真相が含まれていないかを確かめていたのだ。ゲエムのプレイヤーたちにとっては、あくまでストーリーを円滑にすすめるためのアシスト役、としか見えないのだが、それが彼のクレバーなところである。これにはラモンもサプライズである。

血塗られた鍵

何の説明もなく入手できる「ちぬられたかぎ」。「二週目」に手に入るお助けアイテム、と安易に考えてしまうこともできるが、冷静に考えれば、ノマがユタニに用意させた「プレイヤーが持つトラウマの深層に迫るカギ」なのであろう。プレイヤーたちの表面的な後悔の念だけでは全てをアキラカにすることはできないかもしれない。ゲエムを解いて後悔を濯(そそ)いだ時、ノマの求める「真相」も顔をのぞかせるかもしれないからだ。

彼はまず、カギを持たせない状態でプレイヤーたちを泳がせ、二週目以後のループでは主人公をうまく利用しながらゲエム内ゲエムを乗り越えさせることでゲエムのプレイヤーたちの持つトラウマを解決させた。「しらべてみましょう」とうそぶくその影で、ノマは冷静にその変化を吟味していた節が見られる。一方でノマ自身の記憶の扉や後悔(ルグレ)はあたかも存在しないかのように隠されており、けしてこの「血塗られた鍵」にて開けられることはないのである―。1

終わらない「ノロイ」と「ゲエム」

そしてここに、ノマの犯人特定装置がすべて完成する。7人の容疑者、7日という日程。彼らの後悔を告白させ、時には「ちぬられた鍵」でルグレを消してやり、その真の悔悟のプロセスを見極めようとしているのだ。もし、七日間の間に判明しなければ、まるで無間地獄のように何度でもnOS7のリブートを繰り返す。ノマが存命の当時の表現で言えば「リセットボタンを押しているだけ」、ということになるだろうか。

容疑者のうち、6人までは主犯格候補だが、「ううああ」ことオリベシュンは定期的に媒介である「nOS7」をリブートさせるための「コマ」なのかもしれない。ただ彼が使えなくなってしまっても、彼の尊兄であり、同時にゲエムマスターであるユタニがいる限り、コワレタセカイは何度でも壊れた状態で復元することが出来るだろう。こうして、彼が犯人を見つけるまでは、いつまでも「システムフォーマット->リブート」を繰り返して、すべてのことを「なし」に出来る。「ノロイ」と「ゲエム」は永遠に終わらないのだ。

しかし、ノマのとって良い意味でも悪い意味でも誤算だったのは、ルグレのない「普通の人」である主人公が闖入(ちんにゅう)してしまったことである。2 さらに、記憶の扉を持たない謎の存在「イズミ」とつるんで行動している。ノマはさんざん主人公とイズミを疑うが、それは間違いではなかった。他のプレイヤーの「ルグレ」がすべて濯がれたとき、本当に探していた記憶の扉が、姿を表したのだから―。しかしそれは、彼自身の「ルグレ」そのものをも、露呈させてしまうことにつながっていくという皮肉な結末をもたらした。

元祖たる「ノロイノゲエム」の終焉

ノロイニモ シ ハオトズレルノカ...

「後悔」に対抗する「納得」のチカラ

  • 後悔・・・regretter
  • 納得・・・consentement

「シロイヘヤ」の意味するもの

鎮魂歌の流れる、一見平和な空間。しかし、そのヘヤはシンジツを告白するためのキャンバスでもある。

「コワレタセカイ」の終焉